大友皇子とその周辺
琵琶湖:古くは「近江(あふみ)の海(うみ)」「近つ淡海(あふみ)」「鳰(にほ)の海」などとよばれており、この地がいかに美しいかを詠っている。
とよ-はたくも 【豊旗雲】:旗のようになびく美しい雲。
いり-ひ 【入り日】:沈みゆく太陽。落日。
『清』の字には少なくとも、清(セイ)・ 清(ジョウ)・ 清(シン)・ 清(ショウ)・ 清む(すむ)・ 清か(さやか)・ 清める(きよめる)・ 清まる(きよまる)・ 清い(きよい)の9種の読み方が存在する。
さや-に 【清に】:はっきりと。あきらかに。
『明』の字には少なくとも、明(メイ)・ 明(ミン)・ 明(ミョウ)・ 明(ボウ)・ 明(ベイ)・ 明らか(あきらか)・ 明るむ(あかるむ)・ 明るい(あかるい)・ 明らむ(あからむ)・ 明ける(あける)・ 明くる(あくる)・ 明く(あく)・ 明かり(あかり)・ 明かす(あかす)の14種の読み方が存在する。
あ・く 【明く】:(夜が)明ける。
『己』の字には少なくとも、己(コ)・ 己(キ)・ 己(イ)・ 己(つちのと)・ 己(おのれ)の5種の読み方が存在する。
『曾』の字には少なくとも、曾(ゾウ)・ 曾(ゾ)・ 曾(ソウ)・ 曾(ソ)・ 曾す(ます)・ 曾ち(すなわち)・ 曾て(かつて)・ 曾なる(かさなる)の8種の読み方が存在する。
こそ:…てほしい。…てくれ。
わたつみの とよはたくもに いりひさし こよひのつきよ さやにあけこそ
つまりこの歌は、天智天皇の国見の歌なのであり、大和三山への返し歌であるように思えてならない。
大友皇子の漢詩が『懐風藻』に二首あり、そのうちの一首が、五言(ごごん)『侍宴(うたげにはべる)』一絕(いちぜつ)とあり、天智天皇の即位を祝ったものと思われる。
皇明光日月(こうめい じつげつと てり) 帝德載天地(ていとく てんちに のす)
三才並泰昌(さんざい ならびに たいしょう) 萬國表臣義(ばんこく しんぎを あらわす)
皇明:皇帝の輝きであり、天智天皇。
『光』の字には少なくとも、光(コウ)・ 光(ひかり)・ 光る(ひかる)の3種の読み方が存在する。
じつ‐げつ【日月】: 太陽と月。ひつき。「日月光を失う」
てい‐とく【帝徳】: 天子の威徳。皇帝の徳行。
『載』の字には少なくとも、載(タイ)・ 載(ザイ)・ 載(サイ)・ 載る(のる)・ 載せる(のせる)・ 載(とし)・ 載す(しるす)の7種の読み方が存在する。
てんち【天地】人間の生存する場所。世界。
さんさい【三才】:世界を形成するものとしての天・地・人の称。
『並』の字には少なくとも、並(ボウ)・ 並(ホウ)・ 並(ヘイ)・ 並(ビョウ)・ 並べる(ならべる)・ 並ぶ(ならぶ)・ 並びに(ならびに)・ 並(なみ)の8種の読み方が存在する。
『泰』の字には少なくとも、泰(タイ)・ 泰らか(やすらか)・ 泰い(やすい)・ 泰る(おごる)の4種の読み方が存在する。
『昌』の字には少なくとも、昌(ショウ)・ 昌ん(さかん)の2種の読み方が存在する。
『萬』の字には少なくとも、萬(マン)・ 萬(バン)・ 萬(よろず)の3種の読み方が存在する。
『国』の字には少なくとも、国(コク)・ 国(くに)の2種の読み方が存在する。
『表』の字には少なくとも、表(ヒョウ)・ 表(しるし)・ 表(おもて)・ 表れる(あらわれる)・ 表す(あらわす)の5種の読み方が存在する。
『臣』の字には少なくとも、臣(ジン)・ 臣(シン)・ 臣(おみ)の3種の読み方が存在する。 『義』の字には少なくとも、義(ギ)・ 義(キ)・ 義い(よい)の3種の読み方が存在する。
「皇明(天智天皇)は、昼夜となくひかり、帝徳を天地にしるす。
三才(天・地・人)は、安泰・繫昌を並べ、万国は臣として義を表す」
(天皇の御威光は日や月のごとく照りわたり 天皇の徳は天や地が万物を包み込むように広大で 三才はみな安定して盛んでおり 天皇にたいしてすべての国が儀礼を表す)
天智天皇即位(668)の時の、お祝いの詩歌であるなら、大友皇子20歳・十市皇女15歳ということになる。
ところで、万葉集には、天智天皇の歌がもうひとつあり、題辞には【天皇賜鏡王女御歌一首】とある。
妹之家毛(いもがいへも)継而見麻思乎(つぎてみましを)山跡有(やまとなる)大嶋嶺尓(おほしまのねに)家母有猿尾(いへもあらましを)一云 妹之當(いもがあたり)継而毛見武尓(つぎてもみむに)一云 家居麻之乎(いへをらましを)【万91】
『家』の字には少なくとも、家(コ)・ 家(ケ)・ 家(カ)・ 家(や)・ 家(うち)・ 家(いえ)の6種の読み方が存在する。
へ 【家】:「いへ」の変化した語。
つ・ぐ 【継ぐ・続ぐ】:絶えないようにする。続ける。保ち続ける。
ね・みね【峰・峯・嶺】:(ものの)高く盛り上がっているところ。
『有』の字には少なくとも、有(ユウ)・ 有(ウ)・ 有つ(もつ)・ 有る(ある)の4種の読み方が存在する。
『猿』の字には少なくとも、猿(オン)・ 猿(エン)・ 猿(ましら)・ 猿(さる)の4種の読み方が存在する。
いへ 【家】:家柄。血筋。名門。
うま・し 【甘し・旨し・美し】:すばらしい。立派だ。よい。
「いへ」と「や(屋)」の違い 「や」が建物自体をさすのに対し、「いへ」は人の生活のよりどころとする場所をさす。
この大嶋は、中臣 大島(なかとみ の おおしま:?-693)のことで、飛鳥時代の貴族・漢詩人なのだが、中臣鎌足の後を継いで中臣氏の氏上的な立場となり、天武・持統朝で内政・外交の両面で活躍した。
いもがへも つぎてみましを やまとなる おほしまのねに いへもうましを
「あなたもじっと見てごらんよ、大和のほうにある、大嶋の家柄は抜きんでて、これからも出世するだろう」と、鏡王女に勧めているのだ。
それに応えるかのように、【鏡王女奉和御歌一首】があるのだが、
秋山之(あきやまの)樹下隠(このしたがくり)逝水乃(ゆくみづの)吾許曽益目(われこそまさめ)御念従者(おもほすよりは)【万92】
「秋山の木の下を密かに流れる川のように目立たないかもしれませんが、いつも目の当たりしていますよ、思っている以上に」
まさ‐め【正目/正▽眼】:自分の目でじかに見ること。まのあたり。
おもほ・す 【思ほす】:お思いになる。▽「思ふ」の尊敬語。
この鏡の王女が、鏡王の娘である額田王だとしたら、解釈もいろいろあるってもんだが、さらに鏡王女の歌が続き、これについては後に記すことにする。
天智天皇は、病がいよいよ深くなった10年(671年)10月17日に、大海人皇子を病床に呼び寄せて、後事を託そうとした。蘇我安麻呂の警告を受けた大海人皇子は、皇后である倭姫王が即位し大友皇子が執政するよう薦め、自らは出家してその日のうちに剃髪し、吉野に下った。
三吉野之(みよしのの)耳我嶺尓(みわたすみねに)時無曽(ときなしぞ)雪者落家留(ゆきはおちける)間無曽(まなしだぞ)雨者零計類(あめはふりける)其雪乃(そのゆきの)時無如(ときなしがごと)其雨乃(そのあめの)間無如(まなしがごとく)隈毛不落(くもおちず)念乍叙来(おもひなしくる)其山道乎(そのやまみちを)【万25】
時(とき)無(な)・し:1 いつと定まった時がない。2 不幸・失意の境遇にある。
ま‐な・し【間無】:① 隙間がない。② 絶え間がない。
隈毛不落:くもおちず
くも 【雲】:晴れない心や、心の憂いをたとえることも多い。
念乍叙来:おもひなしくる
『念』の字には少なくとも、念(ネン)・ 念(デン)・ 念う(おもう)の3種の読み方が存在する。
『乍』の字には少なくとも、乍(ジャ)・ 乍(サク)・ 乍(サ)・ 乍ら(ながら)・ 乍ち(たちまち)の5種の読み方が存在する。
『叙』の字には少なくとも、叙(ジョ)・ 叙(ショ)・ 叙べる(のべる)の3種の読み方が存在する。
おもひ-なし 【思ひ為し・思ひ做し】:(本人の)心構え。気のせい。
くもおちず おもひなしくる そのやまみちを
「鬱陶しい気持ちのままの、そんな山道を今行く」
この歌の類似歌として「み吉野の 御金の岳に 間なくぞ 雨は降るといふ 時じくぞ 雪は降るという」(13-3293)という1首がある。 ここに詠まれる「耳我の嶺」と「御金の岳」を同じ嶺とみて、耳我の嶺は吉野山中にある金峰山、あるいは同郡天川村洞川の山上ケ岳ともされ、「ミミガ谷」の小字が残ることから、奈良県吉野郡吉野町平尾付近ともされる。(『万葉神事語辞典』より)
三芳野之(みよしのの)耳我山尓(みわたすやまに)時自久曽(ときじくぞ)雪者落等言(ゆきはおっとい)無間曽(むけんとぞ)雨者落等言(あめもおつとい)其雪(そのゆきの)不時如(ふじなるごとく)其雨(そのあめの)無間如(むけんのごとく)隈毛不堕(くもおちず)思乍叙来(おもひなしくる)其山道乎(そのやまみちを)【万26】
題辞に【或本歌】とあり、若干の漢用に違いがあるけれど、大意は同じなのでこの歌の説明は省きたいところだが、解釈を深めるために試みる。
とき‐じく【時じく】:(形容詞「ときじ」の連用形から) いつでもあるさま。
い:《接続》種々の語に付く。〔念押し〕…よ
む‐けん【無間】:たえまのないこと。間断のないこと。ひっきりなし。
ふ‐じ【不時】:予定外の時であること。思いがけない時であること。
みよしのの みわたすやまに ときじくぞ ゆきはおつとい むけんとぞ あめもおつとい そのゆきの ふじなるごとく そのあめも むけんのごとく くもおちず おもひなしくる そのやまみちを
「美しい吉野の、その素晴らしい山に たえまなく雪の音がし、ひっきりなしに雨の音もする その雪の おもいがけないことも その雨の限りないことも 気も晴れないまま 山道を行くことだ」
大友皇子は年若く弱冠にして太政大臣(671)を授けられ、百官を統括して事務内容を役人に試みもし、また皇子は博学多通にして、文武の能力がある。
群臣たちは畏敬し、身を正しく仕え、歳二十三で立って皇太子となり、広く学士の沙宅紹明(じょうみょう)たちを招き、帝王学の師とした。
太子は天性明悟(生まれつき道理がわかる)で、常に博古(古い時代に精通)を愛し、筆を下すと文章を成し、発言すると論を成した。
時に議論するものは、その広い知識に驚嘆し、未だいくばくもなくして文藻(ぶんそう:文才)は日々新たになった。
天智天皇は大友皇子の側近として蘇我赤兄・中臣金・蘇我果安・巨勢比等・紀大人を選んでいるのだが、鎌足亡き(669年死去)今、大友皇子の勢力基盤として頼みにすることができる藩屏(はんぺい:王家を守護するもの)は居なかった。
『懐風藻』の二首目 『述懐(こころをのぶ)』
道徳承天訓(どうとくは てんくんを うけ)
塩梅寄真宰(えんばいは しんさいに よる)
羞無監撫術(はずらくは かんぶのじゅつ なきことを)
安能臨四海(いずくんぞよく しかいに のぞまん)
どう‐とく【道徳】:人のふみ行うべき道。
『承』の字には少なくとも、承(チョウ)・ 承(ゾウ)・ 承(ソウ)・ 承(セイ)・ 承(ジョウ)・ 承(ショウ)・ 承る(うけたまわる)・ 承ける(うける)の8種の読み方が存在する。 『天』の字には少なくとも、天(デン)・ 天(テン)・ 天(そら)・ 天(あめ)・ 天(あま)の5種の読み方が存在する。
『訓』の字には少なくとも、訓(シュン)・ 訓(クン)・ 訓(キン)・ 訓む(よむ)・ 訓える(おしえる)の5種の読み方が存在する。
えん-ばい 【塩梅】:政務などを適切に処理すること。
『寄』の字には少なくとも、寄(キ)・ 寄る(よる)・ 寄せる(よせる)の3種の読み方が存在する。
【真宰】シンサイ:天地を主宰するもの。
『羞』の字には少なくとも、羞(シュウ)・ 羞(シュ)・ 羞める(はずかしめる)・ 羞め(はずかしめ)・ 羞(はじ)・ 羞じる(はじる)・ 羞める(すすめる)の7種の読み方が存在する。
『無』の字には少なくとも、無(ム)・ 無(ブ)・ 無い(ない)の3種の読み方が存在する。 『監』の字には少なくとも、監(ケン)・ 監(カン)・ 監る(みる)・ 監べる(しらべる)・ 監る(かんがみる)の5種の読み方が存在する。
『撫』の字には少なくとも、撫(モ)・ 撫(ボ)・ 撫(ブ)・ 撫(フ)・ 撫でる(なでる)の5種の読み方が存在する。
『術』の字には少なくとも、術(スイ)・ 術(ジュツ)・ 術(シュツ)・ 術(わざ)・ 術(すべ)の5種の読み方が存在する。
『安』の字には少なくとも、安(アン)・ 安んじる(やすんじる)・ 安い(やすい)・ 安んぞ(いずくんぞ)の4種の読み方が存在する。
いずくん‐ぞ〔いづくん‐〕【安んぞ/焉んぞ】 :どうして…だろうか。
『能』の字には少なくとも、能(ノウ)・ 能(ナイ)・ 能(ドウ)・ 能(ダイ)・ 能(タイ)・ 能(グ)・ 能(キュウ)・ 能くする(よくする)・ 能く(よく)・ 能き(はたらき)・ 能う(あたう)の11種の読み方が存在する。
『臨』の字には少なくとも、臨(リン)・ 臨む(のぞむ)の2種の読み方が存在する。
しかい【四海】:天下。世の中。
「道徳は、天訓を承け、塩梅は君主による。 羞じるは、監撫(愛の鞭)の術もなく、いずくんぞ天下を治められよう!」
(人の行うべき道は、天のおしえを承け、その政務を司ることにある。 恥ずかしくも、統治するすべ無きものが、どうして天下に臨むことができよう)
つまり、大海人皇子が吉野へ下り、実質皇太子となった大友皇子との誓いの場が『日本書紀 天智紀』に記されている。
「臣(おみ)ら五人は殿下と共に、天皇の詔(みことのり)を承ります。もしそれに違うことがあれば、四天王が我々を打ち、天地の神々もまた罰を与えるでしょう。三十三天(仏の守護神たち)も、このことをはっきり御承知おきください。子孫もまさに絶え、家門も必ず滅びるでしよう」