カムヤマトイワレビコ 日本書紀歌謡12
これまで皇軍は攻めれば必ず向かい、戦えば必ず勝った。 しかし甲冑(かっちゅう)の兵士たちは疲労しなかったわけではない。 そこで少し将兵の心を慰めるために歌を作られた」とある。
哆々奈梅弖(たたなめテ)伊那瑳能椰摩能(いなさのやまの)虛能莽由毛(このまユも)易喩耆摩毛羅毗(いゆきまもらひ)多多介陪麼(たたかへば)和例破椰隈怒(われはハやヱぬ) 之摩途等利(しまつとり)宇介譬餓等茂(うノかひがとも)伊莽輸開珥虛禰(いまシュけにこね) 神日本磐余彥天皇(終始天皇を表示)『日本書紀』
《紀において》
『哆』には、哆(シ)哆(シャ)の二種類が存在する。
・『奈』の字には少なくとも、奈(ナイ)・ 奈(ナ)・ 奈(ダイ)・ 奈(ダ)・ 奈ぞ(なんぞ)・ 奈ぞ(いかんぞ)・ 奈(いかん)の7種の読み方が存在する
・『梅』の字には少なくとも、梅(メ)・ 梅(バイ)・ 梅(うめ)の3種の読み方が存在する。
・弖:《て》は訓読みの国字
「いきなり、【多多】じゃなく【哆々】(しし)になりますね」
「梔子(しし)、すなわち(くちなしだよ」
「この【奈梅】も、漢詩的イメージですか?そして国字の【弖】は事記と同じ」
「どうやら、わかってきたようだが、慣用音では、【納・南】(ナ)があるし、訓読みでも『茄』(なすび)があるけれどね」
慣用音(かんようおん)とは、音読み(日本漢字音)において中国漢字音との対応関係が見られる漢音・呉音・唐音に属さないものを言う。
【梔子】しし:くちなし
なべ-て【並べて】:(あたり)一面に。
なめて【並めて】:並べて(なべて)に同じ。
ししなめて「クチナシが辺り一面」
・伊:[音]イ(呉)(漢)
・『那』の字には少なくとも、那(ナ)・ 那(ダ)・ 那ぞ(なんぞ)・ 那(なに)・ 那ぞ(いかんぞ)の5種の読み方が存在する。
・瑳:[音]サ(呉)(漢)
・『能』の字には少なくとも、能(ノウ)・ 能(ナイ)・ 能(ドウ)・ 能(ダイ)・ 能(タイ)・ 能(グ)・ 能(キュウ)・ 能くする(よくする)・ 能く(よく)・ 能き(はたらき)・ 能う(あたう)の11種の読み方が存在する。
【椰】:[音]ヤ(呉)(漢)[訓]やし
・『摩』の字には少なくとも、摩(ミ)・ 摩(マ)・ 摩(ビ)・ 摩(バ)・ 摩る(する)・ 摩る(さする)・ 摩る(こする)の7種の読み方が存在する。
「固有名詞なら同じにすればよいのに、【伊那佐能夜麻能】と【伊那瑳能椰摩能】ですか?」 「【佐】と【瑳】、【夜麻】と【椰摩】だよね」
「たしかに(イナサノ)までならどちらでもよかったんだけど、あえて言うなら難しくしたってことかな」
「でも【摩】(マ)は、呉音ですよね」
「【那】も【能】も、基本的には呉音なんだ」
「つまり、書紀は『古事記』が基本と言いたいんですね」
「その考えは変わらないけれど、ここからが『日本書紀』の始まりかもしれないなぁ」
「どういうことですか?」
「椰摩(ヤマ)の問題が生じたんだよ」
「漢詩的イメージなら、古事記の【夜麻】に軍配ですけどね」
「似たような問題だが、この問題は後に回して次の句に移ろう」
「なるほど、海でもないのに、【椰】(やし)ですからね?」
いなさのやまの「伊那佐山は奈良県宇陀市にある標高637mの里山」
・『虛』の字には少なくとも、虛(コ)・ 虛(キョ)・ 虛しい(むなしい)・ 虛(うろ)・ 虛ろ(うつろ)・ 虛ける(うつける)の6種の読み方が存在する。
・莽:[音]モウ(マウ)(呉)ボウ(バウ)(漢)
・『由』の字には少なくとも、由(ヨウ)・ 由(ユウ)・ 由(ユイ)・ 由(ユ)・ 由(よし)・ 由る(よる・ 由ごとし(なお…ごとし)の7種の読み方が存在する。
【毛】[音]モウ(呉)[訓]け
こ‐の‐ま【木の間】:木と木との間。
よけ【避け/除け】 :よけること。
「(ユ)じゃなく、どうして(ヨ)を採ったのですか?訓読みの(け)まで」
「鬱蒼と茂っていたんじゃないかと思ってね」
「つまり、呉音・漢音・唐音、しいては慣音・訓音も関係ないってことですよね」
「さらに言えば、唐音や高麗音(朝鮮)もあるんだけれど、書紀は漢音にこだわっているんよ」
このまよけ「木の枝を払いのけながら」
・易:[音]イ(呉)イ・エキ(漢)ヤク(外)
・喩:[音]ユ(呉)(漢)
・耆:[音]ギ、シ、ジ(呉)キ、シ(漢)
・羅[音]ラ(呉)(漢)
・毗:[音]ビ(呉)ヒ(漢)
「たしかに書記の歌謡は、難字の羅列、まさにこの【易喩耆摩毛羅毗】も」
「えき【易】(イ)は、トカゲを象った字で、【蜴】の原字なので、トカゲが尻尾を切って逃げやすいことから(やさしい)(たやすい)、又、トカゲが草むらに隠れて変幻しやすい性質から(かわる)(変化する)という意味にもなったのだがね」
上代の、動詞に冠する接頭語イには、主に次の二つの用法があり、 第一は、「い行き至る」「い漕ぎ渡る」「い行きもとほる」などのように、空間的に遠ぐへ移動する動作、空間的な長さに及ぶ動作のさまを形容、強調する。
第二は、「い継ぐ」「い副七ひ居り」「い積もる」「い立ち嘆かふ」などのように、時間的に継続する動作、時間的な長さを含む動作のさまを形容、強調する。 動詞に冠するということも合わせ考えると、イは現代語の副詞ズットに類する語でないかと考える。
まもら-・ふ 【守らふ】:見守り続ける。
いゆきまもらひ「ずっと行き来して見守ってきた」
・ 多:[音]タ(呉)(漢)
・介:[音]ケ(呉)カイ(漢)
『陪』の字には少なくとも、陪(ベ)・ 陪(バイ)・ 陪(ハイ)・ 陪う(したがう)の4種の読み方が存在する。
・麼:[音]マ(呉)バ(漢)
「【多多介陪麼】の【陪】は、外音の(べ)ですよね」
「そうじゃなくて、(ハイ)の(ハ)なんだよね」
たたかは(ワ)ば「戦いとなれば」
『和』の字には少なくとも、和(ワ)・ 和(カ)・ 和(オ)・ 和らげる(やわらげる)・ 和らぐ(やわらぐ)・ 和やか(なごやか)・ 和む(なごむ)・ 和ぐ(なぐ)・ 和える(あえる)の9種の読み方が存在する。
・例:[音]レイ(漢)
・破:[音]ハ(呉)(漢)
『隈』の字には少なくとも、隈(ワイ)・ 隈(エ)・ 隈(すみ)・ 隈(くま)の4種の読み方が存在する。
・『怒』の字には少なくとも、怒(ヌ)・ 怒(ド)・ 怒る(おこる)・ 怒る(いかる)の4種の読み方が存在する。
「【和例破椰隈怒】も6字ですから、【破】が再読なんですね」
「おまけに、【椰】も並んでいるけどね」
「それじゃここで、(ヤシ)の問題に答えてもらいましょうか?」
「残念ながら、邪馬台国の話になるから、ややこしい」
「また肩透かしですか?」
われははやえぬ「何でも手に入るんよ」
「そしてここからが、最後の5・7・7ですね」 「果たして、書紀の言いたいことが込められているかな」
『之』の字には少なくとも、之(シ)・ 之く(ゆく)・ 之(の)・ 之(これ)・ 之の(この)の5種の読み方が存在する
・『途』の字には少なくとも、途(ト)・ 途(ズ)・ 途(みち)の3種の読み方が存在する。
・『等』の字には少なくとも、等(トウ)・ 等(タイ)・ 等(ら)・ 等しい(ひとしい)・ 等(など)の5種の読み方が存在する。
・『利』の字には少なくとも、利(リ)・ 利い(よい)・ 利し(とし)・ 利い(するどい)・ 利く(きく)の5種の読み方が存在する。
『洲』の字には少なくとも、洲(ス)・ 洲(シュウ)・ 洲(す)・ 洲(しま)の4種の読み方が存在する。
【途】[音]ズ(ヅ)(呉)ト(漢)[訓]みち
「【 之摩途等利】の【途】は呉音(ヅ)ですか、漢音(ト)を選ぶんですか?」
「ここは海の島ではなく、川の洲での津(づ)だよね」
しまづとり「中洲(芳野川)に憩う鳥たちよ」
・宇:[音]ウ(呉)(漢)
・譬:[音]ヒ(呉)(漢)
【餓】[音]ガ(呉)(漢)[訓]うえる・かつえる
『茂』の字には少なくとも、茂(モ)・ 茂(ボウ)・ 茂れる(すぐれる)・ 茂る(しげる)の4種の読み方が存在する。
う‐かい〔‐クワイ〕【迂回】回り道をすること。
ひが【僻】:〔人に関係のある名詞に付いて〕正しくない、間違っているの意を表す。
と-も:〔逆接の仮定条件〕たとえ…ても。
「つまり、鵜飼ではないというわけですね」
「おそらく、弟猾や弟磯城のように、恭順したい人たちもいるからな」
うかいひがとも「何もためらうことはない」
・輸:[音]ユ(慣)シュ(漢)
『開』の字には少なくとも、開(ケン)・ 開(カイ)・ 開ける(ひらける)・ 開く(ひらく)・ 開ける(はだける)・ 開かる(はだかる)・ 開ける(あける)・ 開く(あく)の8種の読み方が存在する。
・『珥』の字には少なくとも、珥(ニョウ)・ 珥(ニ)・ 珥(ジョウ)・ 珥(ジ)・ 珥(みみだま)・ 珥む(さしはさむ)の6種の読み方が存在する。
・『禰』の字には少なくとも、禰(ネ)・ 禰(ナイ)・ 禰(デイ)・ 禰(セン)・ 禰(みたまや)・ 禰(かたしろ)の6種の読み方が存在する。
しゅ‐け【主家】:主君・主人の家。
ね:完了の助動詞「ぬ」の命令形。
「でも、【伊莽輸開珥虛禰】の【虛禰】(こね)なら、来るなと言ってるんじゃないですか?」 「たしかにそう訓むこともできれるけれど、ここは虚(キョ)を採り(きね)だと思うんよ」
いましゅけにきね「今こそともに闘おう」
そして、磐余彦は、長髄彦との最終決戦へと向かっていった。