カンヤマトイワレビコ 古事記歌謡14

 15:兄師木(えしき)、弟師木(おとしき)をお討ちになったとき、命の軍勢はしばし疲れた。 そこでお歌いになった歌がある。【古事記】

 

多多那米弖 (たたなめて)伊那佐能夜麻能(いなさのやまの) 許能麻用母(このまゆも) 伊由岐麻毛良比(いゆきまもらひ) 多多加閇婆(たたかへば) 和禮波夜惠奴(われハはやヱぬ) 志麻都登理(しまつとり)宇上加比賀登母(うのかひがとも)伊麻須氣爾許泥(いますけにこね)                      神倭伊波禮毘古命『古事記』

 

《記において》

【多】:[音]タ(呉)(漢)[訓]おおい

【那】:[音]ナ(呉)[訓]なんぞ どれ どの

『米』の字には少なくとも、米(メートル)・ 米(メ)・ 米(マイ)・ 米(ベイ)・ 米(よね)・ 米(こめ)の6種の読み方が存在する。

・弖:国字[訓]て

 

たた【楯】:「たて」の古形。

なめて【並めて】:「なべて」に同じ。

なべ-て 【並べて】:(あたり)一面に。

 

たたなめて「盾が辺り一面

 

【伊】[音]イ(呉)(漢)

【佐】:[音]サ(呉)(漢)[訓]たすける、すけ

【能】:[音]ノウ(呉)[訓]あたう、よく、よくする

【夜】:[音]ヤ(呉)(漢)[訓]よ、よる

『麻』の字には少なくとも、麻(マ)・ 麻(バ)・ 麻れる(しびれる)・ 麻(あさ)の4種の読み方が存在する。

 

いなさ‐の‐やま【伊那佐山】:奈良県北東部、榛原(はいばら)町にある山。また、宇陀坂の別名ともいわれる。

 

の:〔所在〕…の。…にある。   

      〔所有〕…の。…がもっている。…のものである。 いなさのやまの「伊那佐にある山の」

 

『許』の字には少なくとも、許(コ)・ 許(ク)・ 許(キョ)・ 許す(ゆるす)・ 許(もと)・ 許り(ばかり)の6種の読み方が存在する。

【用】:[音]ユウ(呉)ヨウ(漢)[訓]もちいる

【母】:[音]モ(呉)ボ(慣)[訓]はは

 

こ‐の‐ま【木の間】:木と木との間。樹間。

ゆ: 動作・作用の起点を表す。…から。

 

このまゆも「木と木との間からも」

 

【由】:[音]ユ(呉)ユウ(イウ)(漢)ユイ(慣)[訓]よし、よる

『岐』の字には少なくとも、岐(シ)・ 岐(ギ)・ 岐(キ)・ 岐れる(わかれる)・ 岐(ちまた)の5種の読み方が存在する。

【毛】:[音]モウ(呉)[訓]け

【良】:[音]ロウ(ラウ)(呉)リョウ(リャウ)(漢)[訓]よい

【比】:[音]ヒ(呉)(漢)[訓]くらべる、ころ、たぐい

 

(い)接頭語:現代語の副詞ズットに類する語で時間的に継続する動作、時間的な長さを含む動作のさまを形容、強調する。

まもら-・ふ 【守らふ】:見守り続ける。

 

いゆきまもらひ「行き来しては見守り続けているのだ」

 

『加』の字には少なくとも、加(ケ)・ 加(カ)・ 加わる(くわわる)・ 加える(くわえる)の4種の読み方が存在する。

『閇』の字には少なくとも、閇ヘイの1種の読み方が存在する。

【婆】[音]バ(呉)ホ(唐)[訓]ばば

 

たたかえば:ワ行五段活用の動詞「闘う」「戦う」の仮定形である「闘え」「戦え」に、接続助詞「ば」が付いた形。

 

たたかへば「戦(いくさ)になったら」

 

【和】[音]ワ(呉)カ(クヮ)(漢)オ(ヲ)(唐)[訓]やわらぐ・やわらげる・なごむ・なごやか・あえる・なぐ・なぎ

『禮』の字には少なくとも、禮(レイ)・ 禮(リ)・ 禮(ライ)・ 禮(のり)・ 禮う(うやまう)の5種の読み方が存在する。

【波】:[音]ハ(呉)(漢)[訓]なみ

【恵〔惠〕】:[音]エ(ヱ)(呉)ケイ(漢)[訓]めぐむ

【奴】:[音]ヌ(呉)ド(漢)[訓]やっこ、やつ

 

はや【早】:早くも。もう。すでに。

えぬ:獲ぬ、得ぬ ・連体形+「ぬ」→完了 ・未然形+「ぬ」→打ち消し  

 

「戦えば、いち早く得たということでしょうか?それとも打ち消し?」

「識別できなかったら、「ぬ」+終止形接続の助動詞(べし、らし、まじ、らむ、めり、なり(伝聞))で完了であり、「ぬ」+名詞、連体形接続の助動詞や助詞(を、に、なり(断定))で打ち消しになるが・・・」

 

「さらにこの【和禮波夜惠奴】は6音ですが、助詞を添付するのでしょうか?」

「【波夜】の【波】は、漢文訓読のように再読されているように思う」

 

われははやえぬ「われは勝ち進んでいるのだ」

 

【志】:[音]シ(呉)(漢)[訓]こころざす、こころざし、しるす、さかん

【都】:[音] ツ(呉)ト(漢)[訓]みやこ

【登】:[音]トウ(呉)(漢)ト(慣)[訓]のぼる

【理】:[音]リ(呉)(漢)[訓]おさめる、きめ、ことわり

 

しま‐つ‐とり【島つ鳥】:《「しまつどり」とも》鵜 (う) の古名。

 

【宇】:[音]ウ(呉)(漢)

『上』の字には少なくとも、上(ジョウ)・ 上(ショウ)・ 上(ほとり)・ 上る(のぼる)・ 上せる(のぼせる)・ 上す(のぼす)・ 上る(たてまつる)・ 上(かみ)・ 上(うわ)・ 上(うえ)・ 上げる(あげる)・ 上がる(あがる)の12種の読み方が存在する。

【賀】[音]ガ(呉)

 

う-かひ 【鵜飼ひ】:鵜(う)を使ってあゆなどの川魚をとること。また、それを仕事とする人。

 

うのかひがとも「鵜の仕事をしている人たちも」

 

【須】[音]ス(呉)シュ(漢)[訓]すべからく

【気〔氣〕】:[音]ケ(呉)キ(漢)

『泥』の字には少なくとも、泥(ネチ)・ 泥(ニョウ)・ 泥(ナイ)・ 泥(デツ)・ 泥(デイ)・ 泥む(なずむ)・ 泥(どろ)の7種の読み方が存在する。

 

いますけにこね「今なら参加できるのになぁ」

 

「『古事記』の歌謡で不思議に思うことは、戦っているのが山中なのに、どうして鵜飼が出てくるのでしょうか?」

「もちろん、まだこの時代には鵜飼部はいなかったのだが、兵たちが疲れていたので歌ったということは、戯れ歌だと思う」

 

うかい‐べ〔うかひ‐〕【鵜飼部】: 令制で、宮内省の大膳職に属した品部(ともべ)。鵜を使用して魚をとり朝廷に供進した漁民だが、奈良時代には吉野川流域の阿太(あだ)の鵜飼部が著名。

 

たたなめて いなさのやまの このまゆも いゆきまもらひ たたかへば われ(ハ)はやえぬ しまつとり うのかひがとも いますけにこね

 

「いったい、これのどこがざれ歌なのでしょうか?」

「そりゃ最後の3句の、(いますけにこね)だろう」

 「鳥たちが鵜飼を連れてやってくるというわけですか?それはお笑い草だ」

 

ところで、『古事記』では、撃たれた弟師木なのだが、『日本書紀』の弟磯城(おとしき)は磐余彦に帰順し、兄磯城軍との戦の際に歌われることになっている。